1968年5月3日、トヨタ7は第5回日本グランプリでレースデビューを飾った。富士スピードウェイで開催されたこの一戦には4台のトヨタ7がエントリーし、そのうちの1台がクラス優勝を果たした。
トヨタは前年の日本グランプリを欠場していた。レギュレーションの決定があまりにも遅れ、新しいレーシングカーを開発するためには時間が足りなかったからだ。「ゼロからクルマを作り上げる」というトヨタの方針のため、ライバルたちよりも状況は困難だった。現在のF1プロジェクトと同様、トヨタは単に勝つためだけに参戦しているわけでなく、その過程を重視していた。
トヨタ7は、その名の通り、モータースポーツの統括団体であるFIAが定めたスポーツカーレーシングのグループ7規定に基づいて作られたオープン2シーターのレーシングカーだ。このマシンはトヨタ2000GTを担当した河野二郎が立案し、開発と製作はヤマハに任せられた。デザインは当時のグループ7マシンの典型で、アルミニウム製のボディにグラスファイバー製のパネル。1968年2月に鈴鹿でテストされたプロトタイプは2000GT用の2リッターDOHC・直6エンジンが搭載されていたが、3月の富士に登場するまでに、オールアルミ製の3リッターDOHC・V8エンジンに変更された。 |