25歳という若さながら、ティモ・グロックは既に様々なモータースポーツでの成功した経歴を持っており、
GP2チャンピオンとしてパナソニック・トヨタ・レーシングへとやってきた。
それまであまり知られた存在ではなかった若きドイツ人は、
2007年のGP2シリーズで世界中を参戦していく中で、モータースポーツ界におけるその注目度を確実に高めていった。
GP2シリーズは若きドライバーが実力を示す場所として、世界で最も激しい戦いが繰り広げられていることで知られる。
しかし、神経戦となったバレンシアでの最終ラウンドにおいても、タイトルを獲得するための、闘志と速さを証明して見せた。
「もちろん、F1レースドライバーに戻れるのと同じくらい、GP2シリーズチャンピオンは本当に名誉なことだ。
そして我々は過去のGP2チャンピオンであるニコ・ロズベルグやルイス・ハミルトンがどれだけのパフォーマンスを見せているかを知っており、
それは非常に励みになる」とティモ・グロックは語る。
「最終的には、私のF1へ向けたプランは、GP2シリーズでタイトルをとっても、ランキング2位でもあまり変わらなかったかも知れない。
しかし、タイトル獲得という大きな業績を成し遂げられ、それは私にとって特別な瞬間だった」
ティモ・グロックはパナソニック・トヨタ・レーシングのファクトリーがあるドイツのケルンから250kmほど離れたリンデンフェルスで生まれ、
早くからモータースポーツの魅力にとりつかれた。ティモ・グロックにとってモータースポーツは、サーキットにいても、そこから離れていても、
生活の中心となっている。リラックスするチャンスがあっても、何か楽しむ時でも、ティモ・グロックは4輪から大きく離れることはない。
多くの野望に燃えるドライバーと同様に、ティモ・グロックもカートでモータースポーツの世界に入り、そして現在でも、
友人と共にカートレースを楽しんでいる。彼にとって、レースとリラクゼーションは切り離せない存在なのだ。
ティモ・グロックは「空いた時間が出来たら、友人とカートをやりに行くのが好きだ。
多くの人は私に、なぜ休息の時間をモータースポーツから離れて過ごさないのか、更にモータースポーツに費やすのかと問う。
しかし私にとってそれが自然なのだ。私はモータースポーツを愛しており、モータースポーツを楽しむことでリラックス出来、
自分自身も本当に楽しむことが出来る」と語る。
ティモ・グロックは単にモータースポーツへの情熱を持っているだけでなく、昨年12 月の、パナソニック・トヨタ・レーシングとの初めてのテストで見せたように、成功への強力な意志を持っている。
F1カーを理解し、改良するために、可能な限り全ての時間をエンジニアとの作業に費やし、まわりのメンバーから粘り強く学んで来た。
「私は父と、私のマネージャーであるハンス・ベルンドを尊敬している」とティモ・グロックは付け加えた。
「2人とも、望むものに向けて非常に集中し、それを手に入れるために本当に大きな努力を重ねる。そのことには敬服している」
ティモ・グロックはドイツ出身の25歳。彼は、このチームと同様に、比較的若いものの、
15歳でカートを始めてモータースポーツの世界に第一歩を踏み出して以来、様々なカテゴリーで豊富な経験を積んで来た。
2年間カートレースを戦った後、フォーミュラレースへとステップアップし、
ADACフォーミュラBMWやF3を経て、素晴らしい勢いでF1へと到達し、22歳の時、
2004年のF1カナダGPでジョーダンチームから予想外のF1レースデビューを果たした。
このデビューレースでティモ・グロックは7位入賞を果たし、F1GPでのポイント獲得ドライバーの仲間入りをした。
その後、シーズン終盤3戦をF1で戦い、翌2005年は戦いの舞台を北米大陸へと移した。
初めて参戦したチャンプカー・シリーズでも能力を発揮し、
偶然にもF1 と同じ開催地であるカナダ・モントリオールで2位フィニッシュを果たすなどの活躍を見せ、
この年のルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得した。
しかしながら、F1の魅力はあまりにも大きく、ティモ・グロックは自分の力を証明するためにヨーロッパへ戻り、
GP2シリーズへと参戦。この判断は実を結び、2007年、彼は厳しい選手権争いを勝ち抜いてチャンピオンを獲得。
パナソニック・トヨタ・レーシングのレースドライバーとしての地位を得ることとなった。
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